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2030年に開業を目指す「SIGHTS HOTEL」。実は水面下で、秘密裏にプロジェクトは進められているとか、いないとか……?この連載では、「SIGHTS HOTEL」が完成するまでに至った苦悩や試行錯誤の様子や姿を、ありのままに映していきます。ぜひ、読者の方も一緒に「SIGHTS HOTEL」を考え、妄想してもらうきっかけ作りになれば良いなと思っています!

具体的には、主に「SIGHTS HOTEL」についてゼロから考える「クレイジーキルト」で議論された内容を踏まえ、西澤夫妻が得た気づきや学びをまとめていきます。連載企画のインタビュアーを務めるのは俵谷龍佑(たわらや・りゅうすけ)です。西澤夫妻とは1988年生まれ、同世代!

記念すべき第一回目となるVol.0は……、「そもそも、SIGHTS HOTELって?」「クレイジーキルトとはなんぞや」について深掘りしました!話を聞いていくと、エフェクチュエーションや具体と抽象など、ビジネスパーソンにとって学び深い話も……!?

「心のあったまるような笑顔」が生まれるホテルを作りたい

そもそも、SIGHTS HOTELの構想はいつ頃から描いていたのでしょう?

徹生さん:大学4年生の頃には「宿をやりたい!」という漠然とした夢をもっていました。昔から人を笑わせるのが好きだったため、芸人の道も考えましたが、「楽しい笑い」よりは「心のあったまるような笑顔」を作りたいという思いが強かったんです。「心のあったまるような笑顔を作れる仕事とはなんだろう?」と考えて、いろいろな人に「人生楽しかった瞬間は?」と聞いたら、多くの人が口を揃えて「旅行」と言ったんです。確かに振り返ってみると、子供のときに友達の家やおばあちゃんの家に泊まったときはワクワクしたなって。

JTBに就職をされていますが、宿泊施設への就職は考えなかったんですか?

徹生さん:もちろん宿泊業に興味がありましたが、同じ施設でじっとしているのは自分の性に合わないだろうと思い、さまざまなホテルのことを知れる旅行代理店に就職を決めました。JTBでは窓口業務を担当していて、お客様の旅行商品の提案や予約申し込み・手配、ホテルや旅館のセールス担当の方との商談といった業務をしていましたね。お客様にさまざまな場所を紹介するためには、まず自分が知らないといけないということで、研修で有名観光地、ホテル、旅館などに足を運びました。

就職しても、ホテルを作りたい思いは変わらず?

徹生さん:そうですね。就職してからもホテルを作りたいと思っていましたね。JTBで奈月と知り合って、当時から「ホテルやりたいと思ってるねん」と言ってて。

奈月さん:そうそう。「宿やりたいねん」って言ってましたね。その当時、日本はホテル・旅館・ゲストハウスを包括して宿と呼んでいたんです。

観光客と地元の人が集う、開かれた場所を目指して

SIGHTS HOTELの開業年を2030年に定めていますが、どのような意味が込められていますか?

徹生さん:SIGHTS KYOTOの物件は定期借家で10年契約なんですね。2021年から借りているので退去年は2031年になります。もちろん更新できる可能性もありますが、更新前提ではなく次のステージに進む意味でも2030年にホテルを開業しようかなって。

奈月さん:契約時は「10年経ったら退去せなあかんのか、どうしよう……。次のこともまだわからへんし」と考えていましたが、次のステージに上がることを目標に進もうと視点を切り替えましたね。

京町家の一棟貸し宿「KYOMACHIYA-SUITE RIKYU」も運営されていますが、あえて一棟貸し宿ではなく“ホテル”を作る理由は?

奈月さん:ホテルはオープンな場所であるというのが理由として大きいです。一棟貸しや旅館は、基本的に予約した人しか入れません。ただ、ホテルはレストランや結婚式場、カフェが併設されており、観光客だけでなく地元の人も入れますよね。それでも、最初に一棟貸しを始めたのは、まず宿の立ち上げ・運営の経験を積みたかったからです。

徹生さん:一棟目も軌道に乗って、二棟目も作ろうかなと思ったのですが、当時民泊ブームもあいまって、京都に宿が乱立して問題視されていました。僕らは、京都の町家を残したい、空き家を減らしたい、京都の文化を伝えたいという想いも込めて運営していましたが、世間からすれば他の民泊と同じに見えているのかもしれない、と思うようになって。そこで一棟貸しを増やすのはやめたんです。

なるほど……。良いと思っていたものが、実は地域住民に迷惑と思われているかもしれない。これは非常に辛いですね。

徹生さん:ちょうどその頃は民泊の黎明期で、無免許で運営していたりマンションの一室でやっていたりする違法物件もありました。また、対面チェックインがルールになっていますが、暗証番号式のダイヤルにしていたり、京都駅にカウンターを作ってまとめてチェックインさせたりといったことが横行していました。

その結果、京都駅でチェックインした後にスーツケースを持った外国人たちが、泊まる予定の施設を探して住宅街をウロウロするわけです。住民からしたら「この人らは何してんねん」と不審に思いますよね。僕らは、免許を取得して法に則って運営していましたが、傍からみれば一緒だと思って。

奈月さん:だからといって、業界の秩序を変えることは簡単ではありません。それなら自分たちのスタイルを貫いて、業界のイメージアップに貢献していこうと思うようになりました。

SIGHTS HOTEL開業までの達成度は、ずばり今何%?

徹生さん:構想をしていた大学生の頃から考えると60%ぐらいですね。当時は、もちろん宿も運営していないし、 仲間もいないし、お金もないし、経営もしたことがなかったので。

「クレイジーキルト」とはどういう意味?

「クレイジーキルト」という名前の由来について教えてください。

徹生さん:「エフェクチュエーション」という意思決定の理論に登場する「クレイジーキルトの法則」が語源になっています。エフェクチュエーションとは、未来は予測不能であるという前提のもと、今ある資源や手段を用いて結果を創り出すことに重きをおいたアプローチを指します。

奈月さん:クレイジーキルトの法則はどういうものかというと、異なる価値観や知恵をもった顧客や競合他社などとパートナーシップを構築して目標達成を目指す考え方です。キルトとは大きさや形、柄も異なるハギレの布のこと。パズルのピースのようにピッタリとハマらずに、むしろ少し重なることもあります。でも、それによって思いもよらぬ化学反応やイノベーションが起こるわけです。

徹生さん:でも、第1回はクレイジーキルトの会ではなくて「SIGHTS HOTELの会(仮)」みたいな感じでした。第1回の終わり際に、金融教育家の方が「この集まりは、エフェクチュエーションだね」とボソっと呟いたんです。その後、エフェクチュエーションを調べたら、そこにクレイジーキルトの原則が出てきて「えっ、この集まりは、まさにこれやん!」となったんですよ。それで、2回目から正式にクレイジーキルトになりました。

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前編はここまで。後編ではいよいよ秘密裏に「SIGHTS HOTEL」を進めているプロジェクトの「クレイジーキルト」の全貌に迫ります!

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