2030年に開業を目指す「SIGHTS HOTEL」。実は水面下で、秘密裏にプロジェクトは進められているとか、いないとか……?この連載では、「SIGHTS HOTEL」が完成するまでに至った苦悩や試行錯誤の様子や姿を、ありのままに映していきます。ぜひ、読者の方も一緒に「SIGHTS HOTEL」を考え、妄想してもらうきっかけ作りになれば良いなと思っています!
具体的には、主に「SIGHTS HOTEL」についてゼロから考える「クレイジーキルト」で議論された内容を踏まえ、西澤夫妻が得た気づきや学びをまとめていきます。連載企画のインタビュアーを務めるのは俵谷龍佑(たわらや・りゅうすけ)です。西澤夫妻とは1988年生まれ、同世代!
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Vol.1は、「SIGHTS HOTEL」の価値観や思想のコアである「奈月ラグジュアリー」について深堀り。話はラグジュアリーの歴史や起源、さらには「大衆化」や「民主化」といった学術的な話まで……!?今回もとても濃ゆい内容となっております!
アンチテーゼから生まれた「奈月ラグジュアリー」
前回がクレイジーキルトの第4回目でしたね。どのようなことが主な議題になりましたか。
徹生さん:4回目では「奈月ラグジュアリー」が主題となりました。3回目の会議で、たびたびラグジュアリーというキーワードが出ていたんですよ。「じゃあ、奈月が思うラグジュアリーを教えてよ」と指揮官に言われて、それが4回目の宿題になりました。
奈月さん:3回目の会議では、「ラグジュアリーじゃないから嫌や」「ラグジュアリーの価値観がないところが多すぎる」といった話をしてて。でも、メンバーからは「別に自分たちはそんな高いお金を払ってホテルを選んでないから、自分たちはターゲットじゃない」と言われたんですよ。
もしかしたら、私たちが思うラグジュアリーと皆が思うラグジュアリーにギャップがあると思って。私の中にあるラグジュアリーの価値観を皆にうまく伝えるためには、概念や歴史から知る必要があると思い、「新・ラグジュアリー 文化が生み出す経済 10の講義」という書籍を読むところからスタートしました。
最初は奈月さん発信じゃないですか。徹生さんはどう考えてました?
徹生さん:共通していますね。なんなら、さっきの本は2年前に僕が購入したものなんです。改めて読み直してみたら、ヒントがありそうやなと奈月に渡したんですね。ラグジュアリーを掲げるなら、やはりラグジュアリーの本質や起源を理解しておく必要があります。
その本にはラグジュアリーの起源や変遷なども書かれていて。元々のラグジュアリーは、どちらかというと無骨さや熱血さがあり、資本主義に迎合するような思想ではなかったんですよね。
たまたま、この数十年間でLVMHグループみたいな巨大コングロマリットになってしまっただけであって。 今は別のラグジュアリーブランドを買収したり、スポーツブランドやストリートブランドとコラボしたりして付加価値を高めていくような、いわゆる資本主義に迎合する形になっているのが現状です。
奈月さん:例えば、ホテルなら至れり尽くせりでゲストの要望を叶えるのがラグジュアリーという共通認識があると思います。ただ、私たちはそこに違和感を覚えてしまうんですよね。「なんでなんやろう?」と考えた先に、きっと私たちが大事にする価値観が隠れているんかなと。
徹生さん:現地の人とコミュニケーションを取る、その土地の建物でその土地らしい宿泊体験をするのもラグジュアリーのあり方だと思うんです。
実は、「京都に来たからには京都らしい場所に泊まりたかった」ということで、東京ステーションホテルやザ・ペニンシュラなどのラグジュアリーホテルに泊まってから、KYOMACHIYA-SUITE RIKYU(以下RIKYU)に来るお客さんも多いんです。なので、そういう価値観の人は一定数いるんだろうなと思っていました。
いつ頃から、そのような価値観をもつようになりましたか?
奈月さん:RIKYUを開業してしばらく経ってから今の価値観をもつようになりましたね。最初は旧来のラグジュアリーホテルを参考にしていましたが、次第に「御用聞きになるのは嫌やな」「それよりは、カジュアルに下の名前で呼び合うけど、お互いが尊敬し合っている方が良い」と思うようになって。
徹生さん:例えば、チェックイン時は2人で出迎えたり、お花を生けてみたり、庫内ドリンク飲み放題をやってみたり、ウェルカムスイーツやバスソルトを置いてみたり、至れりつくせりな対応をしていました。でも、僕らは点数を取る付け足しの方法に違和感を覚えていたんです。
奈月さん:喜ぶのは日本人の方で、外国の方はバスソルトも使わないし、紅茶やコーヒー、お菓子にもほとんど手をつけない。結局、用意しても無駄になってしまうんです。さらにいえば、欧米の人はマイ歯ブラシを持ってきているんですよ。
それよりも、私がほんまに行っているピザ屋さんを紹介する方が喜んでもらえるんですよ。ガラッと方針を転換したら、9割近くは海外からのお客さんになりましたね。
ステータスを超えた価値!民主化のプロセスでつくるラグジュアリーホテルの可能性
クレイジーキルトの4回目を振りかえってみて、率直にお二人の手応えはいかがでしたか。
奈月さん:「奈月ラグジュアリーでは、お客さんがどういう状態になっているのが理想か?」というところまで話を進められました。皆さんの反応としては今までで1番良かったです。
徹生さん:これまでの会では、探り探り問いを投げかけてもらっていましたが、皆さんも理解が進んでいることがあって意見が的確でしたね。課題もクリアになるし、気づきも得られました。
「奈月ラグジュアリー」で大切にしているポイントを教えてください。
奈月さん:奈月ラグジュアリーで大事にしているポイントとしては4つあって、それが「クオリティ」「本質」「オープン」「人間らしさ」です。これらをみると、「オープン」「人間らしさ」はゲストハウスやホステル、「クオリティ」「本質」はラグジュアリーホテルが追っているのかなと。
ホテルから考えるのではなく、「ラグジュアリーなゲストハウス」という視点で捉え直すことと、あとは「人間らしさ」という部分の解像度を高めていくことが、次回までの宿題になりました。
前回の会では、「大衆化」と「民主化」もキーワードとして出ていましたよね。
奈月さん:そうですね。大衆化とは上にあるものが下に降りてきて広く普及すること。例えば、有名ブランドは売られているものを買うことしかできず、作り手に参加できません。それに対して、民主化はヒエラルキーがなく、公平な機会の元に人々の創造意欲で新しい価値を作り出すことを目指します。
大衆化は、拡大が停止した場合にそれを打開するのは経営者に握られています。ただ、民主化は水平に拡がっているし、学びと自由な発意がプロセスの中に含まれているので、仮に停止したとしても再起動のメカニズムが人々の中に埋め込まれています。
徹生さん:最近の例だとNFTやDAO、ブロックチェーンなどのWeb3.0ですね。Web3.0も中央集権的なインターネットから脱却し、各個人に権力を分散することを目的としていますよね。我々は、このような民主化のプロセスを辿ってホテルを作りたいのではないかということに気づきました。
民主化で作られたホテルって、思いつく限り存在していないですね。
徹生さん:ないんですよ。もし実現できたら、それこそがニューラグジュアリーなのかなと思うんですよね。ただ実現が難しい理由が2つあって、1つが今のクラシックラグジュアリーは、ステータスや特別感が大事な要素になるので、なかなか民主化と迎合しないイメージがあること。
もう1つが、民主化のプロセスが極めて難しいことです。民主化では各人に創意工夫と人間力が求められます。大衆化の大きなメリットはわかりやすさなんですよ。「こういう人に思われたいからこのブランドの服を着る・この会社に所属する」みたいに、特定のモノで自分をタグ付けしていけるからです。
奈月ラグジュアリーの核となるのは「人間らしさ」か?
奈月ラグジュアリーの1つの要素に「オープン」がありました。これは極めて民主化に近いキーワードですよね。
徹生さん:そうですね。我々が最も大切にしているキーワードです。ただ、オープンなだけだと質の担保も難しくなってくるので、「オープン&クローズ」という考え方を大切にしています。クローズする方法は金額や時間帯、立地などたくさんあると思うんですね。しかし、クローズの方法に関してはこれから考えていけば良いかなと思っています。
語弊を恐れずにいえば、「オープン&クローズ」はターゲットを選別するということですか?
徹生さん:ホテル側が選ぶのではなく、お客さんに選んでもらうイメージですね。だから、合わないと思った人は自主的に離れていく感じです。
奈月さん:SIGHTS KYOTOもイベントや交流会で多くの人が訪れますが、そこから再訪するかどうかは人によります。それは私たちが拒否しているわけではなくて、合う・合わないの問題だと思っています。だから、同じ出会い方をしていてもつながっている人はいますね。それは非常に大事なポイントだと思ってて。機会は公平にあるのに、何度も来てくれる人にはSIGHTS KYOTOのどこかに魅力を感じて来てくれているのかもしれません。
徹生さん:オープンときくと「誰でもウェルカム!」という印象が強いですが、どちらかというと「誰でも入れるよ!」がニュアンスとしては近いかもしれない。今はSDGsや多様性などが叫ばれる時代です。今後ますます「オープン」というキーワードが重要になると思いますね。
とはいっても、多くのホテルはそうはなっていません。例えば「トイレ貸してください」だけでは旅館に入れないですよね。それぐらい自然に入れるパブリックな価値観が必要だと思っています。
次回のクレイジーキルトでは、どのようなことを話す予定ですか?
徹生さん:次回のテーマは「ホテル起点ではなく、ゲストハウス起点で考えてみる」です。
奈月さん:あとは「人間らしさ」というキーワードも深掘りできたら良いですね。
徹生さん:そうですね。「人間らしさ」に何かヒントがありそうやなと。人間らしさという言葉には、泥臭さ、温かみ、公平に接する、意思の強さ、努力、対話など、さまざまな意味が内包されています。ここをもっと追求したら核となる部分が見えてきそうだなと思っていますね。
奈月さん:そもそも、私たちの原点はRIKYUなんです。でも、クレイジーキルトのメンバーはまだ一度も来ていないので、次回の開催場所はRIKYUにしました。やはり、来てもらわないと、どんな宿かわからへんし、ラグジュアリーを大切にしている理由を体感してもらえるかなと思って。
第4回の際に奈月ラグジュアリーで大事にしているワードの中から「オープン」と「クオリティ」という2軸でホテルをマッピングしたのですが、そこを目指しているホテルが多すぎて密集状態だったんですよ。
そうしたら「この密集している場所にわざわざポジションを取る必要ってあるの?」と指揮官に言われて。「本質と人間らしさのワードでは当てはまるホテルがなかったんです。」と返したら、「じゃあその2軸を追求してみたら良いんじゃない?」と言われたんですよね。
本質は極めて具現化が難しいですが、 人間らしさは私たちの性格や個性と我々がもつアンチテーゼで体現できると思います。いつか、奈月ラグジュアリーに変わるワーディングをみんなに考えてもらえたら(笑)。
徹生さん:本質を追っていて、かつ人間らしいホテルができたら、それがおそらく奈月ラグジュアリーであり、唯一無二のカテゴリーになると思うんですよね。
これまでクオリティとオープンを追ってきたのがライフスタイルホテルで、クオリティーと本質を追ってきたのがクラシックラグジュアリーホテルで。そこに、本質と人間らしさを追求したSIGHTS HOTELをオープンさせたら、世界的にもそのカテゴリが浸透して1つのイノベーションを起こせるかもしれません。さらに、それが京都発のブランドなら面白いんじゃないのかなと思いますね。