2030年に開業を目指す「SIGHTS HOTEL」。実は水面下で、秘密裏にプロジェクトは進められているとか、いないとか……?この連載では、「SIGHTS HOTEL」が完成するまでに至った苦悩や試行錯誤の様子や姿を、ありのままに映していきます。ぜひ、読者の方も一緒に「SIGHTS HOTEL」を考え、妄想してもらうきっかけ作りになれば良いなと思っています!
具体的には、主に「SIGHTS HOTEL」についてゼロから考える「クレイジーキルト」で議論された内容を踏まえ、西澤夫妻が得た気づきや学びをまとめていきます。連載企画のインタビュアーを務めるのは俵谷龍佑(たわらや・りゅうすけ)です。西澤夫妻とは1988年生まれ、同世代!
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Vol.3は、感覚的かつ言葉で補完しきれない「カルチャー」や「ソサエティ」などを中心に深堀り!「SIGHTS HOTEL」の核となるお話しがたくさん出てきました。最後まで読むと、「SIGHTS HOTEL」が目指す理想の姿が何となく捉えられるかも!?
引き算をした結果、残るものこそが「本質」
今回は、京都の老舗高級旅館である「俵屋旅館」に宿泊されたそうですね。
徹生さん:そうです。前回は「人間らしさ」のヒントを探りに、家族で民宿に泊まりました。そこで、我々が思う「人間らしさ」にはアットホームさやウェルカムな空気感だけでなく、向上心や挑戦、泥臭さといった意味合いも含んでいると感じたんです。
奈月さん:「人間らしさ」と「本質」の2軸を満たしている場所を考えてみたら、「俵屋旅館」が近いと思い、予約をしました。
徹生さん:泊まる数日前に「チェックイン当日の午前中に餅花づくりをするんですけど、都合が合えば参加しませんか?」と電話がかかってきて。知らなかったのですが、どうやら毎年恒例の行事らしいんですよ。行ってみたら、常連の方たちがすでに餅花を作っていました。
私たちが作っていたら、常連の人たちが「写真撮らしてもらっても良いですか?」と声をかけてくれたり、スタッフの方も「お上手ですね!」とフレンドリーに話しかけてくれたりして。ラグジュアリーなのにめっちゃ意外でしょ。
確かに、いわゆるラグジュアリーな旅館やホテルのイメージとは一線を画していますね。
奈月さん:お布団を敷きにお部屋係の若い女の子が来たときに、「お助けマン参上しました!」とベテランのお姉さまが後からやってきたのですが、あの接客がたまらなかったです。もちろん、ベッドメイキングはプロフェッショナルの技術そのもので。カジュアルだけど、サービスの品質は超一級なんですよね。
徹生さん:気持ちの良い接客だけど、へりくだっているわけでもいないんですよ。あとスタッフの方々も、若い方からベテランの方、お掃除の方、料理人さんなど、さまざまな方がいる感じも良かったです。あとは豊臣秀吉みたいな下足番の方もいました。とにかくあったかい空間やったんです。お見送りのときも大勢が並んでいることはなくて、1〜2人ぐらいで「はい、いってらっしゃい!」と、自然な挨拶なんですよ。
奈月さん:でも帰るときに靴を履いたら温かかったです。たぶん、下足番の方が靴を温めてくれたんだと思います。その日は雨が降っていたのですが新品のビニール傘をいただいて。
徹生さん:ロゴなしのビニール傘でしたけど、逆に「これの方が良いわ」と思いましたね。高級な傘だと「返さなあかんな」と思うじゃないですか。
距離感が絶妙ですね。「自然さ」を醸し出すことは簡単なようで難しいですよね。
奈月さん:ラグジュアリーな宿やホテルは、話しかけないぐらい大人しい接客か、深々とお辞儀をする接客のイメージが強いですよね。ただ、俵屋旅館は過不足のない自然な接客で、気持ちがええなと思いました。そういう空気作りはとても勉強になりますね。
徹生さん:おっしゃるとおりで、ほんまに線引きが絶妙だと思いました。あと、部屋に俵屋旅館周辺のお散歩マップが置いてあったんですね。「一保堂茶舗」や「進々堂」「平野豆腐」などが書かれていて、よくみたら「朝晩に旅館で食べたものや部屋で使っているものが載っているのでは……?」と気がついたんですね。僕ら京都人やから、何となくどこのお店のものかわかるんですよ。でも、わざわざメニューには書かれていない。
このマップから、「今俵屋旅館が成り立っているのは、この人たちのおかげです」というメッセージを感じ取ったんですよ。周りのお店さんがあってこその俵屋旅館、俵屋旅館があってこその周りという、持ちつ持たれつの構図が非常に素敵だなと感じました。
京都以外の出身の方だと、なかなか1回では気づけないかもしれませんね。
徹生さん:美術品も1回で完全に理解できないのと同じで、初見では気づけないことが多くあるんだと思います。スタッフの方から、掛け軸など調度品について1つずつ説明があるわけではないんですよ。それを解説している紙はあるんですね。ただ、部屋案内に挟まっているだけで気づかない人は気づかない。
奈月さん:部屋案内の中に、リニューアル時に当主が手書きで描いたデッサンがあって。それをみると、ただの土間だと思っていたものが実は三和土(たたき)の素材だったり、部屋の庭の意味が書かれていたりと、その部屋へのこだわりが見えたんです。
▽こちらのnoteでも、奈月さんが俵屋旅館に泊まって感じたことについて書かれています▽
https://note.com/natsukinishizawa/n/n737d1d961a42
部屋の内装やアメニティなどで感じたことはありましたか?
徹生さん:そのあと、部屋を案内してもらったんですけど、面白かったのはテレビで。壁に穴が開いていてそこから出てきたんですよ。昔はテレビもなかったでしょうし。創業から300年以上経ちますが、改装に改装を重ね、今でもほぼ1年に1部屋ずつ全18部屋をリノベーションしてるんですよ。
奈月さん:部屋の造りが全て異なることもあり、家1軒を建てるほどの大変な工事らしいんですよ。1年に1回のペースで泊まっても19年目には最初に泊まった部屋がリノベーションされているわけです。それはそれでおもろいな、と。
徹生さん:テレビやエアコンや浴槽など変えるところは変えて、残すものを残しているんですよね。そこに感銘を受けました。「不易流行」という言葉があるように、本質を残しながら時代に合わせて常にアップデートしているんですよね。だから、建物自体が古くてもきれいで趣があるんです。
奈月さん:俵屋旅館の石鹸「サヴォン・ド・タワラヤ」は、花王と長い年月をかけて作ったらしいんですよ。実は、この石鹸は結婚式の引き出物にさせてもらったことがあって。なんなら、布団もパジャマもタオルもスリッパなどもほぼ全てが俵屋旅館オリジナルなんですよ。ほんまに妥協しないんですよ。いろいろな宿泊施設に泊まりましたが、初めて翌年の予約をしましたね。
ソサエティとは、「地域の営み」に没入すること
前回の記事では「本質」や「人間らしさ」というテーマから「ソサエティ」というキーワードが出ました。この辺りについては、どのような議論が交わされましたか?
徹生さん:前回出た「ソサエティ」を我々なりに解釈・整理してみたんですね。それがこの資料にある「ダイナマイトバディ戦略」です。誰でも入れる「オープン」さはあるけど、我々が大切にしている「プリンシプル」や「カルチャー」に共感する人が、さらに奥深くに広がるソサエティに入ることができる、というものを表しています。

ダイナマイトバディ戦略を表した図
奈月さん:SMAPの曲「ダイナマイト」を流しながら説明していました(笑)。「ボン!キュッ!ボン!」だから、みんな「BQBだね!」と略して盛り上がっていましたね。
徹生さん:SIGHTS HOTELを通じて出会えるソサエティとは、地域の営みに出会えることなんですよね。地域の営みとは、京都で生きる人や京都に根付く文化のことです。
奈月さん:SIGHTS HOTELでいえば、松栄堂さんのお香に包まれながら、祇園辻利さんの抹茶を飲み、京都の地元の人や海外旅行者などが入り混じる空間に身をおくこと自体がソサエティであり、そのソサエティに没入することがラグジュアリーで。
確かに、誰でも入れるオープンな場所は魅力的ですが、いろいろな人が入り混じるからこそ「カルチャー」や「ソサエティ」を維持するのは難しそうですね。
奈月さん:そうですね。どの人が居合わせるかを完全にコントロールすることはできないと思っています。だから、その一瞬だけ見たところでなかなか全体をつかんでもらうことは難しい気はしますね。ただ、SIGHTS KYOTOのキャパシティだから偏ってしまう側面もあると思っていて。SIGHTS HOTELなら、もう少し安定してソサエティを構築できる気がしています。
徹生さん:今後それは議題にあがるかなと思っています。オープンだけどプリンシプルとカルチャーに共感してくれる人がソサエティの一部になって同じ現象が起こり続ける、この循環が大切です。
「人」が重要ということですね。
徹生さん:おっしゃるとおりです。建物や空間でも表現できますが、やはりプリンシプルとカルチャーに共感した人から醸し出されるものだと思っているので。
奈月さん:ソサエティだけだとコミュニティになってしまいます。オープンとソサエティが混在するのが「WELCOME TO OUR SOCIETY」やから、オープンの人たちを迎える状況が毎日続いていることが重要ですね。
徹生さん:閉じた場所だと凝り固まってしまうから誰でも入れるように常に開けておくのが大事ですね。あと、正確にいうとソサエティは少しはみ出ているというか、“わかる人には匂う”というイメージが近いかな?
奈月さん:SIGHTS KYOTOのオープン当初から、「何かまだ持っているよね?」「バーをやりたいだけではないんじゃないの?」というのは一部の人から言われてて。おそらく自分たちがつくろうとしているソサエティが漏れ出ていたんだと思います。「やっぱりな!そういうこと考えてたか!」とわかった瞬間、その人は「一緒に何かやりましょう」「応援するよ」とソサエティにスコーンと落ちてくるんですよね。
ソサエティの話をしていて1つ見えてきたのは、場所はやっぱりこの東山区が良いということですね。八坂神社やゑびす神社などの近くで商売をしているからこそ、そのカルチャーは大切にしたいですね。
徹生さん:京都っぽい営みがある場所が1つキーワードだと思っていますね。例えば、京北だと食べるものも慣習も変わってくるから、おそらく私たちが表現したい営みとかけ離れてしまうんですよ。
種を植えて、創造性の土壌を耕した2024年。2025年に目指す方向性や未来とは?
今まで「エフェクチェーション」や「アウフヘーベン」など難解な用語が多く登場しました。元々こういった抽象的なことを考える習慣があったのでしょうか?
奈月さん:徹生は観光のMBAに通ったり、ビジネス本を読んだりしていましたが、私はあまりしていなかったですね。ただ、クレイジーキルトのメンバーに鋭いフィードバックをたくさん受けて「感覚だけじゃなくて、もっと勉強しないと」と思ったのと同時に、どうしたら「なるほどな」と言ってもらえるかと討論者魂に火が付きましたね。
確かに、議論の中で「エフェクチェーション」や「アウフヘーベン」など難しい言葉が出てくるのですが、自分たちの事業に置き換えるとピンとくるものが多かったり、普段考えていることが整理されたりしたんです。それでめっちゃおもろなってきて。クレイジーキルトのメンバーと話す機会がなければ、ラグジュアリーについてもここまで深く考えることはなかったかもしれませんね。
徹生さん:本当にクレイジーキルトのメンバーには感謝しかないです。しかも、皆さん忙しい中わざわざ時間を作って来てもらっているので、中途半端なアウトプットは出せないですよね。俵屋旅館も「いつか行けたら……」と思っていましたけど、「今行かな!」となりました。
特に、今回は具体的な話が多い印象でした。次回は、どんなことを議論する予定ですか?
徹生さん:次回の議題はまだ決まっていないんです。2024年はクレイジーキルトとの議論の中で「なぜRIKYUを増やすのではダメなのか」「なぜホテルじゃないといけないのか」みたいな問いに対する答えを言語化でき、具体的な話をするための素地ができました。本当に1年でよくここまで来れたなと思いますね。
奈月さん:「なぜラグジュアリーが必要なのか」といわれてましたが、マッキンゼー・アンド・カンパニーが1泊あたり500ドルから700ドルを支払っている人たちが他の層と際立って異なる関心を示しているという観光レポート*を出していて。それは、まさに我々がRIKYUで実践していたことや、SIGHTS HOTELで挑戦したいことと重なる部分も多いんですね。
徹生さん:我々が考えるソサエティやラグジュアリーの構想は固まりましたが、これを具現化することはとても難しい道のりだと思います。引き続き、我々の思うラグジュアリーについてはさらに知見を深めて、構想を実現させるべく挑んでいきたいですね。