2030年に開業を目指す「SIGHTS HOTEL」。実は水面下で、秘密裏にプロジェクトは進められているとか、いないとか……?この連載では、「SIGHTS HOTEL」が完成するまでに至った苦悩や試行錯誤の様子や姿を、ありのままに映していきます。ぜひ、読者の方も一緒に「SIGHTS HOTEL」を考え、妄想してもらうきっかけ作りになれば良いなと思っています!
具体的には、主に「SIGHTS HOTEL」についてゼロから考える「クレイジーキルト」で議論された内容を踏まえ、西澤夫妻が得た気づきや学びをまとめていきます。連載企画のインタビュアーを務めるのは俵谷龍佑(たわらや・りゅうすけ)です。西澤夫妻とは1988年生まれ、同世代!
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Vol.5は、奈月さんがえぐみを失いかけ、壁にぶつかって、もがきながらもソサエティの輪郭を探る重要回になっています。話はSIGHTS HOTELの構想から、組織論や採用の話にまで発展!?ぜひご覧ください!
「西澤の残したい京都」とは何か?

前回は、「どうすればロビーラウンジで出会いの偶発性を作れるか」という議論で話が終わったと思いますが、その後どのような進展がありましたか?
奈月さん:5月では、メンバーを入れ替えて中小企業診断士である「部長」と京都市職員である「公共のフィクサー」の2人と私たちの計4人からなる第二回目のラディカルサークル(裏ラディサー)を2階で行いました。前回のメンバーには1階のバーカウンターにいてもらって、2階で議論した内容を後でシェアしにいく形をとりました。
徹生さん:ロビーラウンジというテーマから「西澤が残したい京都とは何か?」という議論に展開していきました。そのなかで、フィクサーが映画『男はつらいよ』というキーワードを出してくださって。作品内には宿の主人と客が話している内容が筒抜けになっている一幕があって、それがおもしろいんだ、と。宿の主人と誰かが喋っている営みが垣間見えるーー。それがSIGHTS HOTELで重要な要素の1つになるのではないかという話になりました。
そこから、さらに進んでそれが商品になるような設計、つまり京都の営みに興味がある人から見物料を取ることでソサエティが回るのではないか、といったアイデアも話に挙がりましたね。
奈月さん:部長も、営みが垣間みえたり関われたりすることがコンテンツになれば、お金を払いたいと思える人が増えると同意してくれて。もしかしたら、前回話をした俵屋旅館で私たちが体験した餅花づくりの時間も営みの一つかもしれません。
「地域の営み」というキーワードは、Vol.3の回でも登場した言葉ですよね。
徹生さん:ただ、ソサエティの定義が固まっていないがゆえに、営みについてこれ以上深堀りできないことに気がついて。そしたら、フィクサーが「『ボン・キュッ・ボン』の『キュッ』の部分を西澤の判断だけで決め続けるのは難しい。だから基準を決めた方が良いね。それはエクリチュールなんじゃないかな?」と発言したんです。
奈月さん:「エクリチュール?ティッシュの新しいブランド?」みたいな雰囲気になって(笑)。ラディカルサークルの帰り際に、フィクサーから皆が入っているメッセンジャーグループにエクリチュールに関する長文の説明が送られてきて。2次会に行ったメンバーとそれを見たのですが、先鋭すぎてそのときは誰一人、理解が追いつかなかったですね。
また、新しいワードが登場しましたね(笑)。エクリチュールとはどのような意味をもつ言葉ですか?
徹生さん:エクリチュールとは、社会的な規範や思想体系と深く結びついた「書き言葉の秩序」を指す概念を指します。もう少しわかりやすくするために例を挙げて説明しますね。例えば、ヤンキーのエクリチュールを構築する場合、僕は「何見てんだ」とポケットに手を突っ込んでメンチを切り、短ランを着てリーゼントにします。こうすることで、自ずと行動や様式がその目指す対象(ここではヤンキー)に近づくという話なんですよね。
奈月さん:つまり、エクリチュールを決めるということは、ソサエティの規模や来る人たちを明確化することと同義であり、自ずと市場規模が決まって西澤がスタンプを押す必要がなくなるわけです。
徹生さん:エクリチュールが重要なものだとは理解しつつも、そこから展開させることができない状態が続きましたね。
気がついたら、「えぐみ」が消えて丸くなっていた
次のラディカルサークルではどのような話が挙がりましたか?
奈月さん:第二回目のラディカルサークルを経て「皆に提示できるステートメントを作った方が良いかも」と、指揮官に言われたんですね。そこで、次のミーティングまでに「なぜ東山なのか」「ソサエティの定義は何か」「どういう機能があるのか」「どれぐらいの規模か」といった一問一答の課題が出されました。
徹生さん:満を持して、第三回目のラディカルサークルで、事前にもらっていた課題を提出したのですが、「本音が足りないね」と言われてしまいました。また、SIGHTS HOTELはソサエティを豊かにすることを目指しているのに、「ソサエティ軸が足りない。それがもっと表れている方が良い」というフィードバックを受けました。
奈月さん:「初期の案はもっとアンチテーゼがあったのに、皆ハッピー!みたいな方向性に戻ってる!結局、誰を幸せにしたいねん?」と指摘されてしまって。
徹生さん:第三回目では「ソサエティは豊かな海」というキーワードが出たんですね。豊かな海があれば魚は増えるし、魚が増えれば釣り人が来る。つまり、「豊かな海とはなんぞや」そして「豊かな海にするには何があったら良いか」を考える必要があるわけです。
奈月さん:「ソサエティが豊かになるか」を主眼にホテルの規模も立地も機能を考えないといけないから、「なんとなく100室ぐらいです」だとしっくりこないんです。
次のラディカルサークルでは、いよいよステートメントの発表ですね。皆の反応はどうでしたか?
奈月さん:私たちがよく口にする「ラグジュアリー」について考えるきっかけにもなればと思い、私たちの旅行事業の取引先であるラグジュアリーホテルでディナーをしながら第四回目のラディカルサークルを開催しました。
徹生さん:ステートメントについては、指揮官から「えぐみが足りない。まるで理想郷みたいだな」という厳しい言葉をいただきました。ラグジュアリーの重要性を「交流と関係性」という言葉で表現していたんです。だいぶ抽象的でありふれたワードですよね。
奈月さん:伝えたいことは理解できるけど、なんだかパンチがないし、キレイすぎると言われてしまいました。回を重ねるごとにえぐみが薄れてしまっていることをグサっと突かれましたね。私たちのステートメントを読めば読むほど、「”交流”を謳うならラグジュアリーである必要はないんじゃない?」と指揮官に突っ込まれるんですよ。「関係性の豊かさは、来た人がそう感じた結果でしかなくて、『俺かっこいい』と言っているのと一緒だよね」と言われてしまいました。
徹生さん:それで、次回から「交流」というワードを使うのが禁止になりました(笑)。
奈月さん:また、目的を明確にするうえで「『東山ファースト』ではないの?」と何度も聞かれました。確かに、東山を良くしたいけど東山を良くすることを起点にはしていないんですよね。
徹生さん:SIGHTS HOTELの場所は東山が良いんですけど、全ては東山のためではなくて。あくまでSIGHTS HOTELが軸で、SIGHTS HOTELの延長上だから、それは「東山ファースト」ではないんです。
ソサエティを突き詰めた結果、自分たちの組織のあり方を見つめ直すことに

「えぐみ」が薄れてしまったのには、何か理由があったんですか?
奈月さん:この期間は、スタッフの入れ替わりもあり、彼らとどう向き合うべきかを考え続けていました。SIGHTS KYOTOを次のフェーズへ引き上げるには、私たち自身が思考を深め、実践し続けなければなりません。一方で、役割は違えど、スタッフの目線も少しずつ引き上げ、揃えていく必要がありました。
今の社会には「個性を大切にする」「弱さも含めて自分」という価値観がありますし、それ自体を否定するつもりはありません。ただ、仕事の時間にそれを前に出してくることには、どうしても違和感があります。一緒に働くのであれば、居心地良く過ごすだけでなく、人として更新されていく時間であってほしい。そう思って本気で向き合いますが、うまくいく例ばかりではありません。そんな中、この時期は組織内での圧にならないように、SIGHTS KYOTOの核となる自分自身の思想や判断軸を意識的に抑えてしまっていたと思います。
その思想や判断軸の揺らぎは、組織や現場の空気にも影響していた感覚はありましたか?
徹生さん:今振り返ってみたら、あったと思います。本来、僕らは誰一人取り残さないコミュニティを目指しているわけではありません。中心にいる僕らが”らしさ”となる軸を持ち続けなければ、「ボン・キュッ・ボン」の世界観は実現できない。この期間を通して、そのことを改めて強く実感しました。えぐみが出るということは、組織が変化していくことでもあります。その変化に惹かれて入り込んでくれる人もいれば、違和感をきっかけに別の道を選ぶ人が出てくるのも、自然なことだと思います。
奈月さん:ちょうどこの頃、信頼できる外部パートナーにチームビルディングをお願いし、「今のSIGHTS KYOTOは、どんな組織構成だと最も健やかに回るのか」という対話を重ねていました。そのなかで、これから正社員が増えたとしても、主語が「私」に留まり、「SIGHTS KYOTO」にならないのであれば、共に組織をつくる関係にはなれない、という感覚がはっきりしてきました。結果として、今夏に予定していた正社員採用は見送る判断をしました。
今はアルバイト採用を強化し、人数も増え、前向きで明るい空気のなかで年を越せそうです。SIGHTS KYOTOの1Fにはバーカウンターがありますが、私たちは単に“バーテンダー”をしているわけではありません。ソサエティを構築しながら、そこに集う人たちと意義のある時間と空間をつくっています。
その前提を理解しないまま、「ここに来れば何かが見つかりそう」という期待だけで正社員になってしまうと、かえって迷いが生まれてしまう。だからこそ、正社員には指示を待つのではなく、自ら学び、価値をつくる側に立つ姿勢を求めたいと考えています。
徹生さん:一方で、アルバイトの方は「なんだか楽しそう」という動機で来てもらっても良いと思っています。ただし、向上心はとても重要です。SIGHTS KYOTOでは確かに多様な人と出会えますが、自分自身と向き合おうとしなければ、自然と何かが見つかるわけではありません。今を楽しみながら、目の前の役割に誠実に向き合っている人のほうが、結果的に場に良い循環を生んでくれる。今は、そう感じています。

